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  • オーストラリア

    ここでの生活は孤独を感じてはいたけれど、日本で感じた輪の中にいるようでいない孤独とは違った

    もともと輪の中にいないから

    しかし輪の中にいるように見える人達も共通点があまりみつからない

    お互いの境界線がはっきりとしているように見えたからだと思う

    どんな見た目であろうと自分のスタイルを貫く

    他人も干渉しないし、嘲笑する雰囲気もない

    他人より自分の気持ちを優先する

    他人に何か言われても気にしないんじゃなくて

    各々が自分の気持ちを大事にしているからこそ

    他人に興味がない

    物事や考え方が相手視点じゃなくて

    自分視点なんだと思う

    本当の事はわからないけど

    私の視点からはそう見えたし、とても自由にみえた

    基本的に他人の感情をもらいやすい私自身も理由は違えど他人に興味を持たない

    自分を守るため 疲れてしまうから

    しかし、日本ではこの他人に興味がないことをネガティブな意味で捉えられてしまう事が多かった

    だからオーストラリア生活は孤独だけど居心地が良かったんだ

    と今となっては思う

    しかし、変わっている私

    私の服装や髪型は海外の方からみると、日本人らしくないらしく

    日本人には日本人として認識されるが、他のアジアの国々にもいそうな外見なんだろう

    アジア圏の方々にも間違われることもあった

    現地の言葉で話しかけられたりなど…

    やはりここでも周りが思う日本人のイメージの輪の中にいないらしい

  • 海外生活の始まり

    留学先はオーストラリア

    理由は暖かい場所が良かったから

    寒いのが苦手なので…

    気温で留学先を決めてしまうあたりも、変わってるって言われる原因なんだろう

    しかし、飛行機が苦手な私..

    それまでの渡航経験は飛行機で数時間でいけるグアムしかない

    英語も不安だが何より不安なのは飛行機

    実際、何度か動悸も発生した

    事前に薬も服用したりしていたのでなんとかやり過ごせたけれど

    緊張で一睡もできなかった…

    到着した時は緊張状態が続いた疲労感、

    陸に到着した安堵感、

    9時間乗り続けた自分自身の達成感でごちゃごちゃの感情だった

    他人からすればただの移動手段のひとつだけど

    私にとっては人生かけた大冒険のひとつ

    そのくらいエネルギーが必要なことなのだ

    オーストラリア生活は約3年半続いた

    その中で、やはり変わっているから私だからこそ起きた話を書いていきたいと思う

  • 海外生活の始まりの前に

    リセット癖の起点…

    今の私じゃない私になりたい

    場所を移動すれば自分が変わるんじゃないか

    人間関係を変えれば自分が変わるんじゃないか

    って期待していた

    ある意味変身願望だ

    当時はそれくらい辛かったんだと思う

    本当は私は私でいい

    ありのままの私でいいって

    心から思える事が大事だった

    でもそれが出来ない、だから変身願望を抱く

    男の子だったら

    外国人だったら

    もっとメンタルが強かったら

    いや、まだ私には努力が足りないんだとか

    正解なんてないのに、正解を求めようとしてしまう

    考えたくもないのに、考えだすと頭の中でずっとぐるぐるしてる

    自分の意思で終わらせることができない癖のひとつ

    また他人に理解してもらえない癖のひとつでもある

    そんな私にとって海外生活の一番のチャレンジは飛行機だった

    私は飛行機が大の苦手

    今回は9時間乗り続けなればならない

    あー地獄 でも乗り越えないといけない

    揺れるだけで、動悸が始まっちゃうのに

    私は大多数が普通にできることができない

    そう、ずっと、私は輪の中にいなかったのだ

  • アパレル時代とリセット癖

    アパレル時代は人間関係に恵まれていた

    私の変わってる特性も笑ってくれるひとばかりだった

    最初は私の見た目と中身が全く違うから、おそらくどんな人か掴めなかったと思う

    しかし、職業柄のおかげかコミュニケーションスキルが高い人達が多かったので私の性格も時間をかけて理解していってくれた

    学生時代、たくさんアルバイトをしたけれど人間関係が上手くいかずやめてしまうことが多かった私だったが

    アパレル時代は、本当に良い人達に恵まれて、公私共に仲良くしてくれて楽しい思い出ばかりある

    そんな日々を約3年ほど過ごして

    私はこのままで良いのかなとも思うようになった

    職場の人間関係は良好

    しかし、私は売上を伸ばすことができなかった

    接客を積極的に行わなければいけない職場だったが、明らかに接客を嫌がるひとに対して自然に対応できない

    感受性の強さのゆえなのか、境界線があいまいだからなのかはわからない

    当時はメンタルの弱さとしてやんわりと指摘されていた気がする

    また、私は服のコーディネートを直感で選んでいたため、お客様に組み合わせ方の理由、説明をすることが得意ではない

    直感だから 理由がない

    もしかしたら、理由はあるのかもしれない、でも言葉がでてこない

    勉強と一緒で、わかっているようでわかっていなかったのかもしれない

    居心地は良かったけど、ここでも輪の中にいるようでいなかった

    孤独感はずっと続く

    そしてこのあたりからリセット癖がはじまる

    その一つの理由が長くお付き合いをした彼との別れでもあった

    ずっと一緒にいると思っていた人

    まだお互い20代なかばだったが

    精神的に成熟している彼とまだまだ未熟な私では視点、いや視座が違った

    今の私じゃない私になりたい

    そう思うようになった

    そんなタイミングを知ってかしらずか

    親からの海外留学の提案がでた

    親にも紹介している人だったから、親が気を使ってくれたのかもしれない..,

  • 自分を語る理由

    子供の頃からの話を思い出しながら書いているのは、自分を客観的にみることで、自分の生きづらさを私自身が誠実にうけとめる

    自分で自分を癒す過程に近い

    変わってると言う他人の言葉に影響されていた私

    でも変わってるってなんだろう

    大多数の正解が私には当てはまらないだけなのに大多数の物差しで一方的に変わってるって言われていただけではないのだろうか

    実は境界線を曖昧にしてきたのは大多数の言葉だったのではないか

    感受性が強すぎるために受け取りすぎてしまった結果だったのでないか

    疑問は常につきまとう

    変わっているからこそ目立ってしまう

    変わっているからこそ心配させてしまう

    変わっているからこそ予期せぬ出来事が起こってしまう

    私が無気力だったのは自分に自信がなかったからだろうか

    依存していたのは私なんだろうか

    実際は相手が私に依存していたこともあったのではないか

    他人に自分の人生のハンドルを預けていたと思っていたが

    他人のエゴに巻き込まれていたんじゃないか

    無自覚のエゴ

    その私なりの答えを…正解じゃなくて…私がいまここにいる意味を知るために

    ただひたすら書いてる

    長年かかえていた心のモヤモヤを

    私なりの着地点を表現したいのかなと

  • 就職

    惰性で生きていた大学生活

    いま思うと、中学受験の失敗で勉強するようにはなったけど

    中学、高校の勉強は直感と暗記でやり過ごせていただけだったのかも知れない

    大学の講義内容も全く興味がない

    専門的な知識や実習、実験、全然頭に入ってこない

    昔から興味あることと無いことの振り幅がおおきい私

    最初は大学で学んできたことにつながるような会社を何社か受けた

    ただ中身がない、だって全然勉強してないんだもん

    最終面接で見抜かれる、私の惰性的な生きかた

    見抜かれて、自分自身を恥じ、泣いたりもした

    ここで初めて流されてきたことを後悔したのだろう

    そしてこの後悔から自分の人生を少し考えるようにもなった

    昔から洋服が好きだった

    服のコーディネートも直感で選ぶ

    私が選んだ就職先はアパレルだった

    自分の意思で選んだ初めての経験

    親には少し苦い顔はされたけど、就職できないよりましと思われた

    ここでも親の顔色を伺っていた

    そしてこれからも親の顔色を伺うのはずっと続く…

    だって子供の頃からの習性のひとつだから

    そんな簡単になくなることはない

    わたしにとっては普通のひとつだから…

    同じ学科でアパレルに就職するひとなんて誰一人いなくて、いつも通り輪の中にいなかったし

    自分に自信は全くなく

    この時も太ったり痩せたりを繰り返し

    自分の中にある孤独感を食べることで紛らわせていたが

    少しずつ、自分の人生の中に自分軸の要素を取り入れられてきた経験でもあった

  • 大学入学

    高校卒業式のこと書こうかと思ったけど、全く記憶がなくて、映像すら覚えてないからやめた

    大学は内部進学者が外部入学者の5分の1くらいしかいない学科、専攻だったから、ほぼ知らない顔ぶれだった

    そして前にも書いたが私の意思で入った場所ではなかったので、ちゃんと目標や意思を持って入った外部入学者と私とでは最初から温度差が違った

    ここでも輪のなかにいるけど輪のなかにいない感じ

    授業も退屈だし、いかにサボるしか考えていなかった

    私って全く成長してない

    実験や実習もあったけど退屈で仕方なかったし、レポートもよくあんなものを出せたなってレベルのものしか出していなかった

    そして、この頃から親に申し訳なくなってきたわたしがいた

    成績も良くない、大学もつまらない、ただ卒業することを目的として通ってるだけ

    そんなところにお金をかけてもらってる

    あー期待に答えられない、卒業後はこの道には絶対進めないってわかっているのに通いつづける惰性の日々

    歳は大人になったのに、心はずっと子供のまま

    私ってなんでこんななんだろ

    大人になったら変わるって思っていたのに全然変わってない

    この時代のことが数年前まで夢に出てきたりしていたから、私の1番苦い思い出であり

    親が期待するわたしでありたかったのに、そこに答えられない現実をつきつけられた時代でもあったと思う

    また親は表立って私に文句を言うことはなかったが、空気を読むことに長けていた私は、親ががっかりする顔を見たくなかった

    反抗期を経験していなかったからか、境界線が曖昧になりがちな私の特性からなのか、わからないが、親と私の境界線もずっと曖昧だったんだろう

    お互いに…

  • 補足•••視点の違い

    今までの話もこれからの話も

    全部私からみた視点の話だから

    相手からみた世界は私とは違うことがある

    実際、中学ぐらいから自己中って言われたりした

    理由は団体行動が得意ではなかったからだ

    私には多数派が楽しいと思うことが、わたしにとって楽しくないことが沢山ある

    遊園地•••乗り物が全く乗れないから

    映画館•••感情を全てもらうのでジャンル問わず泣くから、恥ずかしさと疲労感から誰かと一緒に行くのが好きではない

    3人以上のおでかけ•••大体行きたい場所の意見が分かれるから

    他にも細かく言えば色々ある

    ただ私の理屈で共通しているのは、別に私は誰かの行動を制限してない

    だから、私は好きじゃないから参加しない

    みんな好きならみんなで楽しんでって感じ

    わたしには常に矛盾した私がいる

    アンバランス

    そこが他人からみると自己中らしい

    わたしが見ている世界と他人から見えてる世界が全く違うことが沢山あった

    これが生きづらさにも繋がる

    しかし、私は争いが基本嫌いなので、喧嘩をさける

    だから「そう、自己中なんだ」って合わせる

    そうすると、相手も境界線が曖昧になってくる

    尊重することを忘れていくのだ

    自覚のないまま

    そして関係がゆっくりと歪んでいく

    自覚のないまま

  • 進路

    高校時代の仲良しの友達

    クラスも部活も3年間一緒だったし、休日も一緒にいる事が多かったから

    大学について表立って話しすることはあまりなかったけど、附属の話はしていたから

    私はてっきり附属の大学に一緒に行くと思い込んでいた

    実際…彼女は自分の進路をしっかり決めていた

    それを知ったのは彼女が別の大学に合格した時だった

    友達だから喜ぶべきなのに

    なぜか梯子を外された気分だった

    どこの大学に行く、行かないは別に私にいう必要なんて全くない

    わかってたけど、とても寂しかった

    私は彼女に依存していたんだと思う

    しかし彼女は自立していた

    あと精神的な逞しさ

    その違いだと思う

  • 友達

    最悪なスタートで始まった高校生活だったけど

    クラスで仲良くなった友達が

    「そういうの子供くさい」と言って、さっぱりした子だった

    またその子自身が周りに好かれる子だったから

    彼女が私と一緒にいることで、他の人達に何かされることも全くなかった

    なので、私自身はクラスの中の居心地は悪かったけど、毎日学校に行くことはできた

    一緒にいると楽しいし、居心地も良かったので、今までと同様に友達と同じ部活に入った

    ここでも主体性が全くない

    そして、やっぱり普通じゃない私

    部活でも先輩に目をつけられてしまう

    心はボロボロだったけど、部活の友人達には恵まれていたので部活も続けることはできた

    しかし、心は不安でいっぱいだったのに、気にしてないふりをしていたから

    心と言動が一致してなかったんだと思う

    その不安を埋める為に過食するようになった

    食べれば太るから自己嫌悪に陥り

    自己肯定感がだだ下がりになった

    でも顔は笑いつづけた

    太って、自虐みたいな日々

    このころからメンタルに不調をきたしていたと思う

    しかし、当時は今のように心の病気に理解のある時代じゃなかったから

    わたしもまわりも全く気づいていなかったと思う

    ただの思春期の食べ過ぎくらいにしか思われてなかった