カテゴリー: 社会人・海外生活

  • 日本帰国

    リエントリーショック

    当時はこの言葉自体を知らなかったが、

    3年半のオーストラリア生活は私に価値観や視野の変化をもたらし、帰国直後の生活に違和感を感じるようになった

    古くからの友人達の反応は二つ

    好意的か否定的か

    元から輪の中にいるようでいなかった私だったが

    この当時は完全に輪の外にいた

    周りとの違いを感じ、衝突を避けるため、このあたりから当たり障りのない顔を作るようになる

    本当の自分を隠して周りに合わせ続けることは、想像以上に消耗した…

    気づけば、小さなストレスにも身体が反応するようになっていた

    ストレス耐性が下がっていた上に、日本特有の同調圧力が追い打ちをかけたんだと思う

  • オーストラリアでの大学生活〜その後〜

    別キャンパスに移り、新しい生活が始まった

    ここでは友人も出来たから

    今回のリセット癖は良い方向に進んだ

    図書室での勉強が一番捗るので、講義以外の時間は大学の図書室で過ごしていた

    そこで、一緒に勉強をしたいと話しかけてくれるクラスメイトもいたが

    搾取じゃなくて、共同で作り上げたりてくれる関わり方だったから、安心して私は勉強ができた

    こうして書いてみると、異国の地へ行っても、人間関係は常に受け身であったなと思う

    良くも悪くも…

    もしかしたら、私が通っていた大学は留学生が多かったので

    私に話しかけてくれた人達は何かしらの孤独感を持ち合わせていたのかもしれない

    そういうものを実感した毎日でもあった

    安定した日々は続き、大学は無事に卒業できた

    当時はやり切った気持ちでいっぱいだ

    しかし、私が目標としていた永住権は取れなかった

    実力不足…

    仕方ないけど悔しかった

    後ろ髪を引かれながらオーストラリアをあとにした

    日本に帰国

    帰国後、思いもよらぬことが起きた

    リエントリーショック

  • オーストラリアでの大学生活〜後編〜

    図書室で勉強するのをやめて、自宅で勉強するようになったら今度は携帯がよく鳴るようになった

    あの三人組からだ

    離れないと、卒業するまで私はカモネギ状態になる…

    そう判断した私は、別キャンパスに移ることに決めた

    カモネギになんてなりたくない

    でも絶対卒業したい

    そんな日々を過ごし、期末試験を終えた日

    帰り際に先生から声をかけられた

    「あなたのされてきた事はわかってる そして、あなたが1人で勉強を必死にやってきたことも知っている だから別キャンパスで頑張ってね」

    と声をかけてくれた

    先生は知っていた

    同じ女性として、私が怖くて言えない事も…

    私の安全を考慮しつつ、最後まで見てみぬふりをしてくれていた

    減点もされなかった

  • オーストラリアでの大学生活〜中編〜

    私が通っていた大学は留学生がたくさんいた

    その中のある国の男性3人組に目をつけられてしまう

    始まりは、私の名前の音がその国の女性の名前の一つとしてあるらしく、親近感を持たれたことだ

    大学に友達もいなかったので、大学の図書室で一人で勉強していたのだが、いつからかその3人組が近寄ってきて、私の勉強内容をみるようになった

    そしてここからが最悪…

    私が書いたレポートや小論文を全部みせるように言ってきたのだ

    いわゆるチート行為…

    何回か断った でも彼らは諦めない

    私も次第に怖くなった

    だってここに私の知り合いは誰もいない

    先生に言う?

    先生は最初の講義が始まる前に言っていた

    チート行為はさせた側もした側もどちらの立場も減点にすると

    しかし、国が違えは文化も違う人達だ

    報復されることが一番怖い

    減点も嫌だが、自分の命の方が大事

    考えすぎかもしれない

    でもここでは自分の事は自分で守らないといけないと

    自分に言い聞かせてみせるようになった

    自分の努力を他人にタダで奪わられる屈辱感

    この3人組と教室で一緒になるたびに動悸が起こり始めた

    このあたりから、ストレスを感じると動悸がでるようになる

    しかし、結果だけは今までと違うことが起きた

  • オーストラリアでの大学生活〜前編〜

    前にも書いたように、オーストラリア生活は私にとって居心地が良かったので

    語学学校→カレッジ→ユニバーシティ

    と時間をかけて進学していった

    大学まで通った理由としては永住権が取りたかったから

    あっ ちょっと自分軸発動してる 笑

    また、オーストラリア時代は日本でなかなかやめられなかった過食も自然とやめられた

    最初は太ったりしてしまうこともあったが

    いつのまにか気にしなくなり

    人生の中で一番勉強していた時期でもあったため、自然と痩せていったからである

    そして、周りに影響されてなのか、少しずつ自分視点で物事を考えるようになった

    どこの大学にいくか、また何を学ぶかも自分で決めた

    しかしこの自分で決めた自分視点の行動がのちにまた自分自身の首をしめることにもなる

    大学生活の始まりは最悪だった

    予期しないことが起きてしまうのが私…

  • オーストラリア

    ここでの生活は孤独を感じてはいたけれど、日本で感じた輪の中にいるようでいない孤独とは違った

    もともと輪の中にいないから

    しかし輪の中にいるように見える人達も共通点があまりみつからない

    お互いの境界線がはっきりとしているように見えたからだと思う

    どんな見た目であろうと自分のスタイルを貫く

    他人も干渉しないし、嘲笑する雰囲気もない

    他人より自分の気持ちを優先する

    他人に何か言われても気にしないんじゃなくて

    各々が自分の気持ちを大事にしているからこそ

    他人に興味がない

    物事や考え方が相手視点じゃなくて

    自分視点なんだと思う

    本当の事はわからないけど

    私の視点からはそう見えたし、とても自由にみえた

    基本的に他人の感情をもらいやすい私自身も理由は違えど他人に興味を持たない

    自分を守るため 疲れてしまうから

    しかし、日本ではこの他人に興味がないことをネガティブな意味で捉えられてしまう事が多かった

    だからオーストラリア生活は孤独だけど居心地が良かったんだ

    と今となっては思う

    しかし、変わっている私

    私の服装や髪型は海外の方からみると、日本人らしくないらしく

    日本人には日本人として認識されるが、他のアジアの国々にもいそうな外見なんだろう

    アジア圏の方々にも間違われることもあった

    現地の言葉で話しかけられたりなど…

    やはりここでも周りが思う日本人のイメージの輪の中にいないらしい

  • 海外生活の始まり

    留学先はオーストラリア

    理由は暖かい場所が良かったから

    寒いのが苦手なので…

    気温で留学先を決めてしまうあたりも、変わってるって言われる原因なんだろう

    しかし、飛行機が苦手な私..

    それまでの渡航経験は飛行機で数時間でいけるグアムしかない

    英語も不安だが何より不安なのは飛行機

    実際、何度か動悸も発生した

    事前に薬も服用したりしていたのでなんとかやり過ごせたけれど

    緊張で一睡もできなかった…

    到着した時は緊張状態が続いた疲労感、

    陸に到着した安堵感、

    9時間乗り続けた自分自身の達成感でごちゃごちゃの感情だった

    他人からすればただの移動手段のひとつだけど

    私にとっては人生かけた大冒険のひとつ

    そのくらいエネルギーが必要なことなのだ

    オーストラリア生活は約3年半続いた

    その中で、やはり変わっているから私だからこそ起きた話を書いていきたいと思う

  • 海外生活の始まりの前に

    リセット癖の起点…

    今の私じゃない私になりたい

    場所を移動すれば自分が変わるんじゃないか

    人間関係を変えれば自分が変わるんじゃないか

    って期待していた

    ある意味変身願望だ

    当時はそれくらい辛かったんだと思う

    本当は私は私でいい

    ありのままの私でいいって

    心から思える事が大事だった

    でもそれが出来ない、だから変身願望を抱く

    男の子だったら

    外国人だったら

    もっとメンタルが強かったら

    いや、まだ私には努力が足りないんだとか

    正解なんてないのに、正解を求めようとしてしまう

    考えたくもないのに、考えだすと頭の中でずっとぐるぐるしてる

    自分の意思で終わらせることができない癖のひとつ

    また他人に理解してもらえない癖のひとつでもある

    そんな私にとって海外生活の一番のチャレンジは飛行機だった

    私は飛行機が大の苦手

    今回は9時間乗り続けなればならない

    あー地獄 でも乗り越えないといけない

    揺れるだけで、動悸が始まっちゃうのに

    私は大多数が普通にできることができない

    そう、ずっと、私は輪の中にいなかったのだ

  • アパレル時代とリセット癖

    アパレル時代は人間関係に恵まれていた

    私の変わってる特性も笑ってくれるひとばかりだった

    最初は私の見た目と中身が全く違うから、おそらくどんな人か掴めなかったと思う

    しかし、職業柄のおかげかコミュニケーションスキルが高い人達が多かったので私の性格も時間をかけて理解していってくれた

    学生時代、たくさんアルバイトをしたけれど人間関係が上手くいかずやめてしまうことが多かった私だったが

    アパレル時代は、本当に良い人達に恵まれて、公私共に仲良くしてくれて楽しい思い出ばかりある

    そんな日々を約3年ほど過ごして

    私はこのままで良いのかなとも思うようになった

    職場の人間関係は良好

    しかし、私は売上を伸ばすことができなかった

    接客を積極的に行わなければいけない職場だったが、明らかに接客を嫌がるひとに対して自然に対応できない

    感受性の強さのゆえなのか、境界線があいまいだからなのかはわからない

    当時はメンタルの弱さとしてやんわりと指摘されていた気がする

    また、私は服のコーディネートを直感で選んでいたため、お客様に組み合わせ方の理由、説明をすることが得意ではない

    直感だから 理由がない

    もしかしたら、理由はあるのかもしれない、でも言葉がでてこない

    勉強と一緒で、わかっているようでわかっていなかったのかもしれない

    居心地は良かったけど、ここでも輪の中にいるようでいなかった

    孤独感はずっと続く

    そしてこのあたりからリセット癖がはじまる

    その一つの理由が長くお付き合いをした彼との別れでもあった

    ずっと一緒にいると思っていた人

    まだお互い20代なかばだったが

    精神的に成熟している彼とまだまだ未熟な私では視点、いや視座が違った

    今の私じゃない私になりたい

    そう思うようになった

    そんなタイミングを知ってかしらずか

    親からの海外留学の提案がでた

    親にも紹介している人だったから、親が気を使ってくれたのかもしれない…

  • 就職

    惰性で生きていた大学生活

    いま思うと、中学受験の失敗で勉強するようにはなったけど

    中学、高校の勉強は直感と暗記でやり過ごせていただけだったのかも知れない

    大学の講義内容も全く興味がない

    専門的な知識や実習、実験、全然頭に入ってこない

    昔から興味あることと無いことの振り幅がおおきい私

    最初は大学で学んできたことにつながるような会社を何社か受けた

    ただ中身がない、だって全然勉強してないんだもん

    最終面接で見抜かれる、私の惰性的な生きかた

    見抜かれて、自分自身を恥じ、泣いたりもした

    ここで初めて流されてきたことを後悔したのだろう

    そしてこの後悔から自分の人生を少し考えるようにもなった

    昔から洋服が好きだった

    服のコーディネートも直感で選ぶ

    私が選んだ就職先はアパレルだった

    自分の意思で選んだ初めての経験

    親には少し苦い顔はされたけど、就職できないよりましと思われた

    ここでも親の顔色を伺っていた

    そしてこれからも親の顔色を伺うのはずっと続く…

    だって子供の頃からの習性のひとつだから

    そんな簡単になくなることはない

    わたしにとっては普通のひとつだから…

    同じ学科でアパレルに就職するひとなんて誰一人いなくて、いつも通り輪の中にいなかったし

    自分に自信は全くなく

    この時も太ったり痩せたりを繰り返し

    自分の中にある孤独感を食べることで紛らわせていたが

    少しずつ、自分の人生の中に自分軸の要素を取り入れられてきた経験でもあった