縁が終わるのは、構造だったのかもしれない

昨日、「飽きるのは構造が見えるから」という記事を書いた

そのあと、人間関係も同じ見方ができるかもしれないと思ったので、

書き留めておく

境界線とエゴのブログでも書いたが、

相手を尊重したいから、傷つけたくないからと下手に出ていたから

相手のエゴを助長させてしまったのではないかと

私は推測していたが、

下手に出ても、それで相手が調子に乗るなら

それは、もともと相手の課題なのではないかと思い始めた

エゴは誰でも持っている

しかし、相手の慢心でエゴが助長しているのでないか

私がきっかけを作ったとしても、相手に慢心があれば、誰が相手でもエゴが膨らむ

もうそれは相手の課題であって私には関係がない

相手が自分の課題と向き合わないならば縁が終わる

だから、縁が終わるのは、

自然なようで、実は必然だったのかもしれない

関連記事:境界線とエゴ