投稿者: dreamer_ufd_7153

  • 中学受験

    小学校で仲良くなった友達が数名いた

    この子達はほんとに優しくて面白くて好きだった

    他の子達も交えた女の子三角関係はちょいちょい発生したけど

    優しくて面白いんだもん

    人気になっちゃうよねって感じだったし

    その子達は精神的に大人びていたからやり過ごすことも上手だった

    その子達が中学受験するって聞いて

    私も一緒にいたくて塾に通い始めた

    動機が不純…笑

    私は勉強の仕方も独特なのか、あまり意味がわからなくても直感で点数が取れたりしてた

    直感だから、良い点だったり、中間点だったり

    だから中学受験の勉強全くしなかった

    すべりども受けたし大丈夫だろうと思っていたら

    まさかの全部落ち

    みんなびっくりだよね…私もびっくり…

    だって女子で落ちてるの私だけ

    みんなどこかしら受かってるのに

    あー神様っているんだって

    動機も不純…勉強もしなかったから…罰だって

    6年生…思春期まっただなか

    恥ずかしさからなのか…白髪が出始めた

  • さかのぼる

    他人の表と裏をみた時に衝撃を感じた子供の頃

    ちょっと人間不信にもなった

    大人の表と裏は、表情と言葉が一致してなくて…意味がわからなかった

    黙ってみてた 泣いたりもしてた

    子供の表と裏は、第三者を使った行為だった

    ただ怖かった 同じ子供なのに 同じ子供だからこそ 怖かった

    私自身も色々な私がいるから表も裏もあるんだと思う

    ただそれは無意識の私であったりするから、常に矛盾がつきまとう 昨日の私と今日の私が違うように…

    だから他人が意識的に表と裏を使い分けてるのを知ってしまったとき距離を置きたくなってしまう

    もう前の関係には戻れない

    どう接してよいかわからないから

    「そんなことよくあるよ」「普通だよ」

    そういうひとまとめの言葉がより私を孤独にしてた

    「そうだね」って言いながら

    あーまた違った この人も違ったって繰り返す

    それがしんどかった

    いまは

    人生は実験

    実験だから、お互いの認識の違い、性格、状況や場所によって答えが違ったのかもしれない

    分かり合えないから楽しいね

    新しい見方だねって思えることにシフトしていくタイミングなのかな

    まさしく生き直しかな

  • こどものころ

    記憶ってところどころ消えるし

    自分が見てきた現実と自分以外の人達が見てきた現実が違ったりすることがあるから、、、ぶっちゃけ真実ってない気がする

    っていう上で書くと…

    私以外の人からみた私は人見知り、内向的、泣き虫、気にしすぎらしい

    私の中の認識でいうと…

    人見知り=他人の顔色を伺ってる

    理由としては争いが苦手

    なんで苦手かというと他人の感情が私の中に入ってきて自分の感情なのか相手の感情をもらっているのかわからなくなって、しんどいから

    内向的=言葉で表現できない

    自分の感情を表す適切な言葉がわからないから

    泣き虫=人見知りと内向的部分が重なった結果

    言葉で表現できない、他人の感情も入り混じる、わけわからなくて泣くみたいな

    気にしすぎ=私の性格のひとつ

    気にしたくて気になってるわけではない

    むしろ気にしたくない

    でも気にしてしまう

    もともとの性格のひとつ

    他にも言われた気がするが、、、上の言葉をまとめると「変わってるねー」になるらしい

    多分、言動も普通っぽくないから浮いてるんだと

    勉強は人並みに出来たからそんな苦労はしなかった

    けど友達作りは苦手で、いつも受け身だった

    ただ女の子三角関係みたいなものは常にあり…

    なんで3人で仲良くしないの

    なんで2対1になろうとするのかわからなかった

    人間関係の複雑さはこどものころからの悩みだった

    とか、、、なんか常に孤独だったんだよな

    この気持ちを分かり合える人に出会いたいみたいな

    いま思えば、自分と一緒の人なんていないんだけど、物事を多角的に見れなかったし…今も見れてるかはわからないけど

    多角的にみることが私には難しかったんだと思う

    それはつまりありのままの私を肯定されてなかったからだと思う

    もしあのときありのままの私でいいって言われていたら、他の人との違いもすんなり受け入れていたのかな

    なんて…今となっては憶測だけど

  • 第一章 変わってるね

    小さいころから言われ続けた言葉

    「変わってるね…」

    自分では何が変わっているのかわからない

    だから周りの顔色ばかり伺ってた

    正解をもとめて

    「思春期は変わってるって何?」って尖ってた時期もあった

    周りの普通がわからない

    普通はこうだよって言われて普通のふりしてるつもりだけど…変わっているから浮くらしい…

    だからずっとコンプレックスだった

    自分の変わってる部分

    組織の中にいると浮く個性

    転職ばかりしてた…

    子育て11年目

    子供が産まれて、過干渉になった

    習い事の先生に過干渉気味って言われて落ち込んだ

    周りから変わってるねって自分の子供に言ってほしくないから、過干渉になっていた

    子供は発達障害だった

    そのとき、、、私は、、、なぜか安堵した

    あっ、、、自分の子育てが駄目じゃなかったんだって

    でもまだ子供にありのままでいいって言えなかった

    なぜならば、、、私はありのままの私を肯定された記憶がないから

    恵まれていた環境にいたけれど、心はずっと孤独だった

    そして2週間前、私自身も発達検査を受けにいった

    自分が発達障害かを確かめるんじゃなくて、自分の取説が欲しかったから

    客観的な自分のデータを知りたくて

    ある意味、、、生き直しをするため

    生きづらさを抱えている人と繋がりたくてブログを始めてみました

    特性や育ってきた環境等、各々違うから共感するところもあれば全然そうじゃない部分もあるとおもいます

    ただ、否定じゃなくて、、

    わからなかったら、あっ、そういう生きづらさもあるんだなって

    各々の生きづらさをフラットに捉えられたら、生きやすさにつながるのかなーと

    わからないけど、、、自分の人生を実験だと思って書いてます