子供の頃からの話を思い出しながら書いているのは、自分を客観的にみることで、自分の生きづらさを私自身が誠実にうけとめる
自分で自分を癒す過程に近い
変わってると言う他人の言葉に影響されていた私
でも変わってるってなんだろう
大多数の正解が私には当てはまらないだけなのに大多数の物差しで一方的に変わってるって言われていただけではないのだろうか
実は境界線を曖昧にしてきたのは大多数の言葉だったのではないか
感受性が強すぎるために受け取りすぎてしまった結果だったのでないか
疑問は常につきまとう
変わっているからこそ目立ってしまう
変わっているからこそ心配させてしまう
変わっているからこそ予期せぬ出来事が起こってしまう
私が無気力だったのは自分に自信がなかったからだろうか
依存していたのは私なんだろうか
実際は相手が私に依存していたこともあったのではないか
他人に自分の人生のハンドルを預けていたと思っていたが
他人のエゴに巻き込まれていたんじゃないか
無自覚のエゴ
その私なりの答えを…正解じゃなくて…私がいまここにいる意味を知るために
ただひたすら書いてる
長年かかえていた心のモヤモヤを
私なりの着地点を表現したいのかなと