カテゴリー: 人間関係とエゴ

  • AIドラマ

    普段、テレビをみない私

    感情もらってしんどくなったり

    理由はわからないけどノイズに感じてしまったりするから

    昔はテレビ好きだった

    出産してからみなくなって

    いつからかノイズになった

    エンタメが私にとって娯楽ではなく虚像にみえるようになったからかな

    でも中身はリアルな人間

    そんな人間たちの虚像に興味がなくなったのかも

    そんな私は最近 AIドラマにはまっている

    AIだから存在自体が虚像

    虚像が虚像を生み出す

    でも感じる感情はリアル

    感情移入しちゃうけど、リアルな人間じゃないから

    安心してみられるのかな

  • 矛盾

    よくいくスーパーでみかけるおじいちゃんがいる

    おじいちゃんは80歳らしい

    自転車でスーパーにやってくる

    そしてスーパーの前のベンチがおじいちゃんの指定席

    最初はお互い顔見知り程度だったけど

    夏頃かな?

    「足のネイル、綺麗だね」って声をかけられてから、

    会ったら挨拶したり、一言、二言会話してさよならするようになった

    おじいちゃんはスーパーの店員さんや地域の方々にも認知されているようで

    みんな挨拶したり、一言、二言会話して去っていく

    このくらいの距離感がちょうどいい

    ちょっと顔見知り、でも深くは知らなくていい

    人間関係って付き合いが長かったり、深く付き合いだすと、エゴがでてくるから

    でも深く繋がりたい気持ちもわかる

    私自身も、狭く深くの付き合いのが好きだったから

    そう、常に矛盾してる

    でも人ってみんな矛盾してる

    他人の矛盾には敏感に反応して攻撃してくるのに、自分の矛盾には見て見ぬふりをする

    だから、他人のことにわざわざ口だすこの風潮があまり好きじゃない

    私には、自分で自分の首をしめているようにしか思えない

  • ことばたらず

    前回のブログにも書いた

    思考が急に飛ぶ話

    でも私の中で繋がってるから説明できない

    ある意味アイデアみたいなもの

    これは人によって、ことばたらずな人と思われてしまう

    実際、発達検査の結果でも

    言葉の意味を知らなくても、話の流れで理解ができる

    その上、処理速度も早い

    相手の表情、ジェスチャー、過去のパターンから推測して動くから

    直感で動く力や、表情や空気を読む力が人よりだいぶ強い

    いわゆる、非言語能力が高い

    しかし、それを言葉で説明する力は、逆にすごく弱い

    その差が大きいから「分かってるのに説明できない」人だと思われる

    その非言語能力と言語能力の差異が、ときに、相手のエゴを刺激するのかもしれない

    でも本質はみえてしまったりするから、言葉には出さなくても心の中で葛藤をうむ

    そして、相手は気づかないまま、助長していくから

    身体が悲鳴をあげるようになってしまうのかな

  • 境界線とエゴ

    前の話とは少し違う話になるけれど

    私は思考が急に飛ぶタイプで、一つの話題の中でも他の人からみたら話が繋がらないことがある(私の中では繋がっているから説明ができない)

    だからよく会話をしていても、周りからすれば?なことが多々ある

    それも含めて、私のありのままとして書いていきたい

    前回のブログを書きながら、もう一つ気づいたことがある

    組織や人間関係での境界線の曖昧さは、私自身が引き寄せたものかもしれない

    でも、人って写し鏡みたいなもので

    その人自身が普段抑えているネガティブな感情を、わたしがあけてしまっているんじゃないかと思う

    そして、私自身は相手を尊重したいから、下手にでたりしていたが

    それは相手のエゴを引き出し続けてしまっていたんじゃないかと…

    争いが嫌いだから、相手を傷つけたくないからってやっていた事が全部裏目にでて

    知らない間に、関係が歪んでいって苦しくなってしまうのかなと

    また、これは、個人同士の問題だけじゃないのかもしれない

    資本主義な世の中では、競争や比較が煽られるから、人間も知らず知らず、エゴが肥大化しているような気がする

  • 補足•••視点の違い

    今までの話もこれからの話も

    全部私からみた視点の話だから

    相手からみた世界は私とは違うことがある

    実際、中学ぐらいから自己中って言われたりした

    理由は団体行動が得意ではなかったからだ

    私には多数派が楽しいと思うことが、わたしにとって楽しくないことが沢山ある

    遊園地•••乗り物が全く乗れないから

    映画館•••感情を全てもらうのでジャンル問わず泣くから、恥ずかしさと疲労感から誰かと一緒に行くのが好きではない

    3人以上のおでかけ•••大体行きたい場所の意見が分かれるから

    他にも細かく言えば色々ある

    ただ私の理屈で共通しているのは、別に私は誰かの行動を制限してない

    だから、私は好きじゃないから参加しない

    みんな好きならみんなで楽しんでって感じ

    わたしには常に矛盾した私がいる

    アンバランス

    そこが他人からみると自己中らしい

    わたしが見ている世界と他人から見えてる世界が全く違うことが沢山あった

    これが生きづらさにも繋がる

    しかし、私は争いが基本嫌いなので、喧嘩をさける

    だから「そう、自己中なんだ」って合わせる

    そうすると、相手も境界線が曖昧になってくる

    尊重することを忘れていくのだ

    自覚のないまま

    そして関係がゆっくりと歪んでいく

    自覚のないまま