カテゴリー: 大学生活

  • 自分を語る理由

    子供の頃からの話を思い出しながら書いているのは、自分を客観的にみることで、自分の生きづらさを私自身が誠実にうけとめる

    自分で自分を癒す過程に近い

    変わってると言う他人の言葉に影響されていた私

    でも変わってるってなんだろう

    大多数の正解が私には当てはまらないだけなのに大多数の物差しで一方的に変わってるって言われていただけではないのだろうか

    実は境界線を曖昧にしてきたのは大多数の言葉だったのではないか

    感受性が強すぎるために受け取りすぎてしまった結果だったのでないか

    疑問は常につきまとう

    変わっているからこそ目立ってしまう

    変わっているからこそ心配させてしまう

    変わっているからこそ予期せぬ出来事が起こってしまう

    私が無気力だったのは自分に自信がなかったからだろうか

    依存していたのは私なんだろうか

    実際は相手が私に依存していたこともあったのではないか

    他人に自分の人生のハンドルを預けていたと思っていたが

    他人のエゴに巻き込まれていたんじゃないか

    無自覚のエゴ

    その私なりの答えを…正解じゃなくて…私がいまここにいる意味を知るために

    ただひたすら書いてる

    長年かかえていた心のモヤモヤを

    私なりの着地点を表現したいのかなと

  • 就職

    惰性で生きていた大学生活

    いま思うと、中学受験の失敗で勉強するようにはなったけど

    中学、高校の勉強は直感と暗記でやり過ごせていただけだったのかも知れない

    大学の講義内容も全く興味がない

    専門的な知識や実習、実験、全然頭に入ってこない

    昔から興味あることと無いことの振り幅がおおきい私

    最初は大学で学んできたことにつながるような会社を何社か受けた

    ただ中身がない、だって全然勉強してないんだもん

    最終面接で見抜かれる、私の惰性的な生きかた

    見抜かれて、自分自身を恥じ、泣いたりもした

    ここで初めて流されてきたことを後悔したのだろう

    そしてこの後悔から自分の人生を少し考えるようにもなった

    昔から洋服が好きだった

    服のコーディネートも直感で選ぶ

    私が選んだ就職先はアパレルだった

    自分の意思で選んだ初めての経験

    親には少し苦い顔はされたけど、就職できないよりましと思われた

    ここでも親の顔色を伺っていた

    そしてこれからも親の顔色を伺うのはずっと続く…

    だって子供の頃からの習性のひとつだから

    そんな簡単になくなることはない

    わたしにとっては普通のひとつだから…

    同じ学科でアパレルに就職するひとなんて誰一人いなくて、いつも通り輪の中にいなかったし

    自分に自信は全くなく

    この時も太ったり痩せたりを繰り返し

    自分の中にある孤独感を食べることで紛らわせていたが

    少しずつ、自分の人生の中に自分軸の要素を取り入れられてきた経験でもあった

  • 大学入学

    高校卒業式のこと書こうかと思ったけど、全く記憶がなくて、映像すら覚えてないからやめた

    大学は内部進学者が外部入学者の5分の1くらいしかいない学科、専攻だったから、ほぼ知らない顔ぶれだった

    そして前にも書いたが私の意思で入った場所ではなかったので、ちゃんと目標や意思を持って入った外部入学者と私とでは最初から温度差が違った

    ここでも輪のなかにいるけど輪のなかにいない感じ

    授業も退屈だし、いかにサボるしか考えていなかった

    私って全く成長してない

    実験や実習もあったけど退屈で仕方なかったし、レポートもよくあんなものを出せたなってレベルのものしか出していなかった

    そして、この頃から親に申し訳なくなってきたわたしがいた

    成績も良くない、大学もつまらない、ただ卒業することを目的として通ってるだけ

    そんなところにお金をかけてもらってる

    あー期待に答えられない、卒業後はこの道には絶対進めないってわかっているのに通いつづける惰性の日々

    歳は大人になったのに、心はずっと子供のまま

    私ってなんでこんななんだろ

    大人になったら変わるって思っていたのに全然変わってない

    この時代のことが数年前まで夢に出てきたりしていたから、私の1番苦い思い出であり

    親が期待するわたしでありたかったのに、そこに答えられない現実をつきつけられた時代でもあったと思う

    また親は表立って私に文句を言うことはなかったが、空気を読むことに長けていた私は、親ががっかりする顔を見たくなかった

    反抗期を経験していなかったからか、境界線が曖昧になりがちな私の特性からなのか、わからないが、親と私の境界線もずっと曖昧だったんだろう

    お互いに…