カテゴリー: 社会人生活

  • 社交不安障害をかかえたまま

    この時ですでに3度の転職

    日本ではあまり歓迎されない働き方だろう

    友人にも「すぐ辞めてしまうのはどうなんだろう 履歴書を汚しているような気がする」と言われた事もある

    真面目に働きすぎ 不器用すぎ ある程度は適当にやらないと じゃないと持たないよと

    私は確かに一生懸命だ

    その理由は私は組織の中のひとつの歯車だと思っていたから

    真面目に働く事で、組織全体の売上に繋がれば従業員に還元されるものと思っていたのだ

    でも組織故に、色々な考え方、働き方の人がいる

    他人に自分の仕事を押し付けることはしなかったが

    疎ましく思われたり

    逆に、利用されそうになったりする

    言動も変わっているのもあるのだろう

    とにかく浮いてしまうのだ

    そして、数年働いた後、結婚を機に退職した

  • 日本帰国

    リエントリーショック

    当時はこの言葉自体を知らなかったが、

    3年半のオーストラリア生活は私に価値観や視野の変化をもたらし、帰国直後の生活に違和感を感じるようになったのだ

    古くからの友人達の反応は二つ

    好意的か否定的か

    元から輪の中にいるようでいなかった私だったが

    この当時は完全に輪の外にいた

    周りとの違いを感じ、衝突を避けるため、このあたりから当たり障りのない顔を作るようになる

    本当の自分を隠して周りに合わせ続けることは、想像以上に消耗した

    気づけば、小さなストレスにも身体が反応するようになっていた

    ストレス耐性が下がっていた上に、日本特有の同調圧力が追い打ちをかけたのだろう

  • アパレル時代とリセット癖

    アパレル時代は人間関係に恵まれていた

    私の変わってる特性も笑ってくれるひとばかりだった

    最初は私の見た目と中身が全く違うから、おそらくどんな人か掴めなかったと思う

    しかし、職業柄のおかげかコミュニケーションスキルが高い人達が多かったので私の性格も時間をかけて理解していってくれた

    学生時代、たくさんアルバイトをしたけれど人間関係が上手くいかずやめてしまうことが多かった私だったが

    アパレル時代は、本当に良い人達に恵まれて、公私共に仲良くしてくれて楽しい思い出ばかりある

    そんな日々を約3年ほど過ごして

    私はこのままで良いのかなとも思うようになった

    職場の人間関係は良好

    しかし、私は売上を伸ばすことができなかった

    接客を積極的に行わなければいけない職場だったが、明らかに接客を嫌がるひとに対して自然に対応できない

    感受性の強さのゆえなのか、境界線があいまいだからなのかはわからない

    当時はメンタルの弱さとしてやんわりと指摘されていた気がする

    また、私は服のコーディネートを直感で選んでいたため、お客様に組み合わせ方の理由、説明をすることが得意ではない

    直感だから 理由がない

    もしかしたら、理由はあるのかもしれない、でも言葉がでてこない

    勉強と一緒で、わかっているようでわかっていなかったのかもしれない

    居心地は良かったけど、ここでも輪の中にいるようでいなかった

    孤独感はずっと続く

    そしてこのあたりからリセット癖がはじまる

    その一つの理由が長くお付き合いをした彼との別れでもあった

    ずっと一緒にいると思っていた人

    まだお互い20代なかばだったが

    精神的に成熟している彼とまだまだ未熟な私では視点、いや視座が違った

    今の私じゃない私になりたい

    そう思うようになった

    そんなタイミングを知ってかしらずか

    親からの海外留学の提案がでた

    親にも紹介している人だったから、親が気を使ってくれたのかもしれない..,